季節はすっかり、夏から秋に移りつつあります。
先日、たった一人の弟が急逝しました。
39歳でした。
朝、ジョギングに出かけ、そのまま倒れ、通行人に発見され、救急車が駆けつけた時には、既に心肺停止状態だったそうです。
ジョギング中だったので、身元のわかるものを何も身につけていなく、手がかりを得るため、警察が結婚指輪を外そうとした瞬間、(イニシャルが彫られている)、そんな状態にもかかわらず弟は手をぎゅっと握り締め、既に開いていた瞳孔が、一瞬戻ったそうです。
俺の指輪を外すな!と。生きたかったに違いありません。
懸命の救護のお蔭で、僅かな時間、自発呼吸が戻ったものの、脳にはたった4分酸素が行かないと、細胞は死んでしまうのだそうです。
生きるために必要な呼吸や体温調節などを司る延髄を、腫れてしまった脳が圧迫していき、本当にあっいう間に旅立ってしまいました。
小さいとき、一緒に遊んだ思い出や、実家の柱に残っている、背比べのときに書いた日付と名前。
そしてそして・・。
大きくなってしまってからは、お互い忙しく、そんなに話をする時間もなかったけれど。
でも弟は存在していた。
でも今はもういない。
やっぱりまだまだ涙が止まりません。
お通夜には、突然のことにもかかわらず300人近くの人が来て下さいました。
まだまだ家にはお参りに来てくださる方が絶えないとのこと。
弟はたくさんの人に愛され、見送ってもらい、本当に幸せだったと思います。
弟は背が高く(186センチ)姉のひいき目が入ってもかっこよく、スポーツマンで、頭もものすごくキレました。
東北大学 法学部卒、でした。
大学受験のとき、ここ1校しか受けず、ストレートでした。
大学を卒業するとき、本当は本人はやりたいことがあったようですが、自分は長男だから両親の面倒をみなくてはならないと、地元に本社のある某銀行に就職し、長く本店営業部にいました。
家族(奥さんと、小2と3歳の女の子が二人)もいます。
仕事は相当に忙しかったのに、たまの休みは子供をどこかに連れて行ったり、幼稚園などのボランティアをしたりしていた、と聞くと、弟はいったいいつ休んでいたのかと思います。
つい、自分は大丈夫と過信しがちですが、健康第一です。
明日も、今日と同じ時間が過ごせるという保証はどこにもありません。
私自身も、そして身近な大切な人も・・。
家族の死は、悲しみとともにいろんなことを考えさせられます。
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アタシも妹の死を乗り越えるべく毎日を生きています。
アタシも妹の死を乗り越えるべく毎日を生きています。
ずっとブログも開けず、お返事遅れてごめんなさい。
大切な妹さまを亡くされたとのこと。
どんなにお辛いことでしょう。
心からお悔やみ申し上げます。
受け入れることができるまで、どのくらい時間がかかるのでしょう。
どうぞお父様、お母様を大切にされてくださいね。